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東京地方裁判所 昭和51年(ヨ)2441号 決定

債権者 宇井董子

債務者 国際連合大学

右代表者学長 ジェイムズ・エム・ヘスター

主文

債権者の申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

一  本件申請は、債権者が国際連合大学を債務者として、「債務者は債権者を債務者の職員として処遇しなければならない」との仮処分を求めるものであり、その理由の要旨は、「債権者は債務者に昭和五一年一〇月四日から秘書として採用され勤務してきた者であり、その雇用期間(フィックスト・ターム)は三ヶ月となっていたが、特段の事情のない限り期間満了と共に更新される(更新後の期間は一年となる)ものとして採用されたのである。しかるに債務者は同年一二月二一日債権者に対し右雇用契約を昭和五二年一月四日以降更新しない旨の意思表示をした。しかし右更新拒絶(実質的には解雇である)は何ら正当な事由に基づかないものであるから、解雇権の濫用ないし更新拒絶権の濫用として無効であり、債権者は昭和五二年一月四日以降もいぜんとして債務者の職員としての権利を有する。債権者は債務者に対しその旨の確認訴訟を提起する予定であるが、その判決確定に至るまで債務者の職員として取扱われないでは著しい損害を蒙るので、本件地位保全の仮処分を求める。」というのである。

二  そこでまず、国際連合大学(以下国連大学という)が国際連合(以下国連という)とは独立した法人格(当事者能力)を有するか否かが問題である。

国連大学は昭和四八年一二月六日第二八回国連総会において採択された国連大学憲章に基づき設立され、東京にその本部が設置されることになったものであるが、右設立は国連憲章七条二項、二二条に基づくものであり、従って国連大学は国連の補助機関である。そして国連が国連の特権及び免除に関する条約(昭和三八年四月一八日条約一二号)一条一項により、専門機関が専門機関の特権及び免除に関する条約(右同日条約一三号)二条三項により、それぞれ条約上法人格を有し当事者能力を有することが定められているが、国連大学についてはかかる条約上の規定は存しない(国連大学憲章は条約でないからわが国に対する拘束力を有しない。)。このことからみると、国連大学は単に国連の一機関であって、法人格(当事者能力)は国連にのみ帰属すると解する余地がないわけではない。しかしながら他方、内部的にみると、国連大学憲章によって、国連大学は国連の機関ではあるが国連組織の中で自治を享有するものとされ(二条一項)、大学の経費は各国政府、財団等の拠出金又はその収益によりまかなうものとされ(九条一項)、学長には一定の範囲で職員の任命権(八条)及び代表権(二条二項)が認められ、さらには独立自治的機関として国連憲章一〇四条及び一〇五条並びに国連の地位、特権及び免除に関するその他の国際取極及び国連決議に規定する地位、特権及び免除を享有し、財産の取得、処分その他の法律行為を行い、協定、契約、取極を締結することができるものと定められている(一一条一ないし三項)など、独立して国際的活動をする組織として定立されていることが認められ、また、わが国との関係においてみても、国連大学本部に関する国連と日本国との間の協定(昭和五一年六月二二日条約七号)(以下大学本部協定という)は、国連大学が国連の機関として国連憲章及び国連の特権及び免除に関する条約によって与えられる利益並びに国連大学憲章によって与えられる利益を享受することを考慮して締結されている(前文)こと、大学が財産を取得したり売却したり収入を得たりすることを予定して課税免除に関する規定を設けている(七条)ことからみて、わが国としては、国連大学がわが国において権利義務の主体として活動することを当然の前提として右協定を締結したものと考えられるのである。

これらの事情によれば、国連大学はわが国法上独立した法人格として、訴訟上の権利能力を有するものと取扱うのが相当というべく、債権者が本件申請の相手方を国連大学とした点は、適法として是認できる。

三  次に、このように法人格を肯定される国連大学がわが国において訴訟手続からの免除を享有するか否かについて検討する。

国連が国連憲章一〇五条、国連の特権及び免除に関する条約二条二項により、また専門機関が専門機関の特権及び免除に関する条約三条四項により、それぞれ訴訟手続の免除を享有する旨定められているのに比し、国連大学について免除特権を直接定めた条約はない(大学本部協定は大学本部職員等について免除特権を定めているが、大学自体のそれについては直接定めていない。)。しかしながら、国連に右のとおり免除特権を承認した趣旨は、国連という国際機構をしてその目的達成のための国際社会における活動を全からしめるところにあり、そして国連大学は国連の目的を達成するためにその機関として設立されたものであるから、右国連特権条約の趣旨は、国連自体のみならずかかる国連の機関についても(その機関が独立の法人格を有しないときは機関自体の特権を問題にする余地はないが、独立の法人格を有すると認められるときにも)免除特権を享有せしめる意味に解するのが相当であり、国連大学憲章一一条一項は、国連大学が国連憲章一〇五条並びに国連の特権、免除等に関するその他の国際取極等による特権、免除を享有するものと定めているところ、それ自体条約としてわが国を拘束するものではないが、わが国が、大学本部協定を、「国連大学が国連の機関として国連憲章及び国連の特権及び免除に関する条約によって与えられる利益並びに国連大学憲章によって与えられる利益を享受すること」を前提として締結している(協定前文)ことは、右の解釈を裏付けるものということができる。

よって国連大学は、わが国法上、免除を明示的に放棄した特定の場合を除き訴訟手続からの免除を享有するものと解するほかはない。(因みに、前項判断のように国連大学に訴訟上の法主体性を認めることは、同大学に右免除特権の享有を承認することを前提として始めて肯定しうるところであって、右免除特権を認める法的根拠がないと判断するときは、必然的に右法主体性をも否定する――従って本件申請はその点で却下を免れない――ことにならざるをえないというべく、そうでなければ、国連憲章及び国連の特権及び免除に関する条約の趣旨にもとることになろう。)。

四  そこで当裁判所は本件に関し、最高裁判所、外務省を通じ債務者に対し、右免除の放棄について照会したところ、債務者から、訴訟手続から免除されることを確認する旨の意思が伝達された。

そうすると、本件についてわが国の裁判所はこれを審理、裁判することができないから、本件申請は却下を免れない。(なお、債務者がわが国の訴訟手続から免除される結果、債権者の本件に関する救済は、国連組織内の異議申立手続ないし行政裁判所の手続、又は大学本部協定一四条二一項に基づく国連大学が定める紛争解決手続(もっとも遺憾ながらかかる手続は未だ定められていないようである。)によるほかはないこととなる。)

よって、申請費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 濱崎恭生)

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